
夢ありがとう
思い付きでこういうのをやってみようという想いから始まったことではなくて、
与えられた事であってね、気がついたら書かしてもらってるっていう・・。
うん、だからやろうと思ってやったとか、
書道習っていてこういう経緯に至った訳でもないし、書道は習った事もないし。
今まで、筆で文字を書いて人にお見せするなんてこと、
逆にコンプレックスだったし。
それがある時、韓国料理屋さんに先輩と3人でご飯食べに行った時に、レジの上に
『喜』
っていう字が貼ってあったわけ。
そこでね、ご飯食べながら、会計最後に済ますときに、
近くで見たらね、
『ありがとう』という字で『喜』(末廣博子作)ってできているわけよ。
それを凄く感動して、これ凄い!!って・・。
でもその時は、それで終わって寝たの。
僕実は岐阜に居た時に会社を一つ立ち上げていて、
その会社を倒産していてね、一回会社をたたんでいるわけ。
それで借金背負ったりして、時間も無くて苦しくて、
自分の本業の仕事に揉まれて、
うちのかみさんの母親がガンで介護状態・・。
もうね、バッタバタになっちゃったわけ。
でね、一日の睡眠時間が、1~2時間っていう時に、
それでも『ユメージ』は絶対にと思って、
倒れこむようにして寝るんだけど、
一日に感謝ってしてるとね、
眠りについてるのか現実なのかって朦朧としてる時があるわけ、
もうバッタバタで・・。
『夢ありがとう』
という字が意識の中にバッと入ってきたわけ。
これはなんかある!と思って・・。
普段そんな起きてメモ取らないのに、
起きてメモ用紙に『夢ありがとう』って書いて寝たの。
それで、朝起きてなんやったんだろう・・あの体験は・・と思って。
それと、その2ヶ月前に見た『ありがとうの喜び』という字がバッとリンクして。
ありがとうで夢を書いてみようとその時フッと降りてきてね、
バッと書いてみたら、出来てしまったの!!
もう!僕自身もゾクゾクよ~!!なんやこれ~!って。
もうこれは~!と思って(笑)
自信持ってやれ!
ただね、そのありがとうで
『喜』という字を書いてみえる方が居て、
その人は末廣博子さんと言って、
世界的にも有名な書道暦40年とかでね、
もうすばらしい貴族の方や皇族の方とかにお見せする、
素晴らしい個展を開くような方が居てね。
すっごい人なのよ!その人は。
だから僕はそういう人がもうやってみえるから、
僕はそんな事やっちゃいけないと。
と思って、仲のいい友達には
「こんなの(めっせー字)出来てね」って喜ばしていたわけ。
そしたらその友達も、「これすごいね!あんた」って。
で、まぁ有難いことにその友達が、
特許事務所とか弁理士さんとかに話してくれて、
ありがとうで『喜』と書いてみえる方がいるけど、これはいいんですかと。
ていう話を友達が確認をしてくれて、そしたら全然問題無いですよと。
ありがとうで『喜』と同じように書いている訳ではないですし、
あなたはあなたの作品だからOKというお返事を頂いたと
友達は喜んで僕のところへやってきて、
『自信持ってやれ~!』って言ってくれて。
あっそうかぁ!!
と思った時に、また今度バン!っと『感謝』というめっせー字が降りてきて、
他にも色々ストンストン降りてくるわけ。
個展での運命的な出会い
またそれを書いて人に見せていたら、
岐阜の友達から「個展を開こうぜ~!」って話になって、
ある民家の家の物を全部片付けてくれて、そこに作品を30~40ぐらい飾ってくれて。
それで友達に「面白い字があるから見においで~」って言っていたら、
口コミで一週間で250人来て下さって。
す~っごい大反響だったの!
それで岐阜新聞にも記事に載ったりしてね。
でもその中で、僕はあるダウン症のある女の子との出会が、
僕に凄い使命感を植え付けたの・・。
最初に、お母さんだけがご紹介で見に来て下さって。
それで、その『書』の個展を見て頂いて、
すっごく感動して下さって
是非次は娘を連れて来ますって、
帰っていったの。
その娘さんが重度のダウン症だったの。
ダウン症の娘さん
で、僕はその娘さんが来てくれたのが、
すっごく嬉しくて、「もう、ありがとうね~!来てくれて~!」って。
で、玄関先からね、こういう作品が色々飾ってあって、
その一文字一文字その子に
「こういう想いで書いたんだよ、おじちゃん」って言うて。
その娘さんに一所懸命、僕の想いを伝えたの。
そしたら、間にお母さんが入ってね、
「杉浦さんもう結構です、
うちの娘にそんなに想い伝えても、
娘は理解できません、
もう結構です、
そんなに熱く語らないで下さい」って・・。
間に入って止めたわけ。
でも僕せっかく来てくれて嬉しいから、
「いやいやそうはいってもね、
お母さん僕はこういう想いでね」って話を続けたら、
そしたら娘さんが最後まで話を聞いて下さって。
どうやった?何が一番良かった?ってその娘さんに聞いたらね。
「夢ありがとう・・夢ありがとう・・」
って言うわけよ。
もう嬉しくて。
もうお母さんも舞い上がっちゃって。
「何~!? 夢ありがとうが気にいったのあんた~!」ってお母さんが。
この夢ありがとうのハガキをね、その場で買ってくれてね。
それで、娘さんにプレゼントしたわけ。
そしたらその娘さんが夢ありがとうを、
ず~~っと抱きしめて放さないわけ。
奇跡
それで僕は、もっともっとその娘さんと話がしたかったから、
別室でお茶でも飲みながらお話しようって言って、別室に連れて行ったの。
でコーヒー飲みながらね、もう今日は出逢えて良かったよ、
本当に嬉しいよって言って。
でね、ここに大学ノートがある。
自由にね、僕に対する何か想いを書いてくれないかって・・。
でもそこでまたお母さんが間に入って、
「杉浦さん、申し訳ありません。
うちの娘は重度の障害を持っていまして、
手が思うように動かないです。
だから、そんなに器用にノートに字なんか書けないんですよ。」
って言ったんだけれども・・。
そのあと! 奇跡がおきてね・・。
その娘さんは、手が震えながらもね、上手くボールペンが持てないんだけど、
一生懸命一生懸命ね、ノートにペンを落としながらもね、掴んで書こうとするわけ。
大きな字でなんて書いたかって・・。
『いっけんめいがんばって』
って書いてある。
その子にとっては、僕に対して一生懸命頑張って下さいという想いを、
震えながら、震えた字でね、大きな字でね、大学ノートに書いてくれたの・・。
もう僕は、それはそれは宝物でね。
も~~のすごい!嬉しかったわけ!
ありがとうね、ありがとうねって言いいながら、
その個展会場を後にして、最後僕はその子を後部座席に乗せて、
「ありがとうね」って言って送り返したの・・・。
そしたら、ブーンと車が行く中で、こう窓ガラスがスーっと空いてね。
そのめっせー字をね、こう降りながら帰っていかれた。
もうそっれが僕の中ですっごい衝撃で、僕が元気を頂いていて。
これは僕の使命だと

翌日その娘さんのお母さんから、も~のすごい!喜んでお電話頂いて。
杉浦さん有難うございますと。
「あれ以降、朝起きてもあの子は、夢ありがとう、
夢ありがとうってず~っと言ってます。
私が止めた時に杉浦さんが話しを辞めていたら、
娘にその想いは届かなかったかもしれない。
でもあなたが諦めずに想いを伝えてくれたお陰で、
娘は本当に新たな気持ちで、感謝の気持ちを持って今生きている。
もう娘の笑顔が忘れられない」って・・。
も~のすっごい、喜びのお電話を頂いたわけ。
もうこれや!!っと思って。
もう僕は! この書がどうのこうのというよりも、
そういう人との出会いにこの書がね、人を元気に出来る・・。
それで、これがもうね!僕の今の使命!っていうかね、
こう生きる喜びっていうか。
すごく生まれているというのがあって、
『書』めっせー字をとても大事にしているんです。











